所蔵作品
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関 龍夫
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74
道祖神
絵画
85×120cm
関 龍夫
せきたつお
1899(明治32)
下伊那郡竜丘村(現飯田市) 生まれ
1916(大正5)
早稲田大学専門部入学 川端画学校で絵画を習い、岡精一、林倭衛に師事
1941(昭和16)
東宝文芸部舞台科に所属、 日劇等の背景を描く
1942(昭和17)
独立美術展初入選、会友となり以後出品を続ける
飯田市伊豆木へ疎開
1948(昭和23)
開善寺に独立美術研究所を開設、児島善三郎、宮島佐一郎などを講師に招く
1953(昭和28)
日本美術会会員となる
1955(昭和30)
日本美術会飯伊支部結成に参加、 日本アンデパンダン展、飯田アンデパンダン展に
出品を続ける
1958(昭和33)
飯田美術協議会を結成
1964(昭和39)
飯田リアリズム美術家集団結成に参加、毎年個展を開く
飯田市芸術文化功労者表彰を受ける
1984(昭和59)
飯田市山本の自宅焼失
没 (86歳)
下伊那郡竜丘村(現飯田市) 生まれ
1916(大正5)
早稲田大学専門部入学 川端画学校で絵画を習い、岡精一、林倭衛に師事
1941(昭和16)
東宝文芸部舞台科に所属、 日劇等の背景を描く
1942(昭和17)
独立美術展初入選、会友となり以後出品を続ける
飯田市伊豆木へ疎開
1948(昭和23)
開善寺に独立美術研究所を開設、児島善三郎、宮島佐一郎などを講師に招く
1953(昭和28)
日本美術会会員となる
1955(昭和30)
日本美術会飯伊支部結成に参加、 日本アンデパンダン展、飯田アンデパンダン展に
出品を続ける
1958(昭和33)
飯田美術協議会を結成
1964(昭和39)
飯田リアリズム美術家集団結成に参加、毎年個展を開く
飯田市芸術文化功労者表彰を受ける
1984(昭和59)
飯田市山本の自宅焼失
没 (86歳)
1899(明治32)
下伊那郡竜丘村(現飯田市) 生まれ
1916(大正5)
早稲田大学専門部入学 川端画学校で絵画を習い、岡精一、林倭衛に師事
1941(昭和16)
東宝文芸部舞台科に所属、 日劇等の背景を描く
1942(昭和17)
独立美術展初入選、会友となり以後出品を続ける
飯田市伊豆木へ疎開
1948(昭和23)
開善寺に独立美術研究所を開設、児島善三郎、宮島佐一郎などを講師に招く
1953(昭和28)
日本美術会会員となる
1955(昭和30)
日本美術会飯伊支部結成に参加、 日本アンデパンダン展、飯田アンデパンダン展に
出品を続ける
1958(昭和33)
飯田美術協議会を結成
1964(昭和39)
飯田リアリズム美術家集団結成に参加、毎年個展を開く
飯田市芸術文化功労者表彰を受ける
1984(昭和59)
飯田市山本の自宅焼失
没 (86歳)
下伊那郡竜丘村(現飯田市) 生まれ
1916(大正5)
早稲田大学専門部入学 川端画学校で絵画を習い、岡精一、林倭衛に師事
1941(昭和16)
東宝文芸部舞台科に所属、 日劇等の背景を描く
1942(昭和17)
独立美術展初入選、会友となり以後出品を続ける
飯田市伊豆木へ疎開
1948(昭和23)
開善寺に独立美術研究所を開設、児島善三郎、宮島佐一郎などを講師に招く
1953(昭和28)
日本美術会会員となる
1955(昭和30)
日本美術会飯伊支部結成に参加、 日本アンデパンダン展、飯田アンデパンダン展に
出品を続ける
1958(昭和33)
飯田美術協議会を結成
1964(昭和39)
飯田リアリズム美術家集団結成に参加、毎年個展を開く
飯田市芸術文化功労者表彰を受ける
1984(昭和59)
飯田市山本の自宅焼失
没 (86歳)
